Q. なぜブログのタイトルは質問形式にしたくないのか

f:id:radiotakaishi:20151002230952j:plain

A. 最終的にカセットテープとか買わされそうだから

 

こんばんは。みうらじゅんでは育ってないが町田康にはお世話になりました、たかいしです。町田町蔵も好きです。ぽっ。

 

さて、「読書の秋」という、すっかりオーソドックスな取っ掛かりをちゃっかりしっかりお借りして今回は「読書感想文」についてカリカリ(タイピングしてるから厳密にはポチポチ)。となると結局、夏休みの話になってしまうんですがご容赦下さい。おぼろげな記憶をたどってみます。

 

最初の挑戦というのは皆さんよく覚えているもので。小学校一年生の夏、私が選んだのはご存知「シートン動物記」第一巻。おおかみ王ロボのお話です。あらすじはこちら:

〜群れを率いるオオカミのボス、ロボはたいへんなカリスマ性の持ち主。スッと通った鼻筋には気高さがよく表れている。その責任感の強さからついつい部下に厳しく当たってしまうところも彼の愛すべき点だった。しかしある日、きつく叱りつけた一匹の若手社員の逆ギレ・自暴自棄による共食いで最愛の妻を失うという悲劇に見舞われる。すっかり意気消沈し、老後の為に積み立てていた貯金を自己啓発団体「シートン」に丸投げ。怪しげな呪文をぶつぶつ唱えながら山の中へ消えて行く彼をその後見た者はない〜

 

確認のため今Wikipediaでストーリーを調べましたが、だいたい合ってました。10年以上前のことですが、意外と覚えているもんですね。

 

「葉っぱのフレディ」という絵本も、何年生の時か忘れましたが課題図書に選んだ気がする。しぶとい葉っぱが、秋口に枝から落ちていく同志を眺めて寂しがる話です。自分が何を書いたかは全然覚えてません。「フレディでありたい」だったのか、「先に落ちていきたい」だったのか……。

 

比較的しっかり覚えているのは、小学校6年生のときの「岸辺のふたり」。

父に「絵本で感想文をしっかり書けたら大したもんだな」と挑戦状を叩き付けられ、負けん気でこちらを題材に感想文を書きました。父に薦められた以上、父に媚びるものか!と謎の意地を張り、結果的にめちゃ冷たい文章になっていたような。

本来はアニメーション作品なんですよね。台詞もないのに、子供心にガツンと来てめちゃくちゃ泣いた。そして絵本で感想文を書くのはけっこう大変だなと身にしみて実感した体験でもありました。

 

youtu.be

 

あとはレイチェル・カーソンの「沈黙の春」。これ中1か中2くらいだったはず。

自然を忘れた現代人に魂のふるさとを思い起こさせる美しい声と、自然を破壊し人体を蝕む化学薬品の浸透、循環、蓄積を追究する冷徹な眼、そして、いま私たちは何をなすべきかを訴えるたくましい実行力。三つを備えた、自然保護と化学物質公害追及の先駆的な本がこれだ。(amazonの内容紹介より)

つまり農薬などの化学物質が自然環境にどんな悪影響を及ぼしているかを具体的に研究して、当時の社会に警鐘を鳴らした作品だったわけです。私なりに色々考えていたはずが、感想文のシメの一文を「わたしもこれからは、ナメクジが出たら塩で殺したいと思います」にしたら、母に「浅い」とダメ出しされた記憶だけが鮮明に残っています。

 

これは中学の体育の先生が推薦していた図書でした。写真と名言だけの本だったため、速く読めると踏んで選んだところ、残念なことにあまり共感できず、先生に気を使って「大人になったら分かると思う」「時が経てば効いてくる言葉だと思う」と書きまくった、なんとも心苦しい思い出。表紙の紙質は良かった。

www.a-works.gr.jp

 

 

読書感想文で賞をもらえるタイプの人って、何を書いていたんでしょうか。最も印象に残ったセリフとかシーンとかだったのかな。夏休み明けに授賞式とか賞の発表があって、名前を呼ばれない「おわりの会」の帰り、やんわりと敗北感に浸って、給食袋振り回しながら歩いた夕方が懐かしいです。全校生徒の前で朗読とかしたかったなあ。

 

課題図書もまあまあ面白かったけど、実家は壁一面本棚だったので、そこからこっそり本を抜き取って寝る前に読むのが何よりのエキサイトメントでした。何故か子育ての本にハマり、赤ちゃんのお風呂の入れ方に通底していた小学校低学年の頃。それがだんだん内田春菊とか田口ランディーのスケベなエッセイに移行。枕の下に隠して読んでたんですけど、フトンの洗濯のたびにバレて親に笑われていました。恥ずかしながらそういうもののほうが頭に焼き付いている気がします。なにせショッキングですからね。

中途半端ですが、ファンタジーが読めないこどもの、読書にまつわる数少ない思い出話でした。グナイ!